対象への敬意

「ゲーテは現実から逃避して、現実とは無縁の、抽象的な思想世界を自分の内部に創造する、という方向をとりません。反対です。彼は現実の中に沈潜します。 そしてその永遠の変化、その生成と運動の中に、不変の法則を見つけ出そうとします。彼は個体に向き合い、個体の中に原像を看取しようとします。理念は「灰色の理論」に属する、空虚な一般概念のことだったのではありません。豊かな具体的内容を持った生命存在の本質的な基盤のことであり、生きいきとした、見えるものだったのです。ゲーテの意味での「理念」は、色や形と同じように客観的なものなのです。色や形が見える人には見えるように、理念も見える人には見えるのです。」(シュタイナー)

 ゲーテがカントのすぐあとの人間であることを思えば、実に早くカント主義からの解放の論理を示していたとも言える。20世紀初頭のシュタイナーの戦いも、カントとの戦いだった。ジンメルもカントとゲーテを重要な対と見なす。芸術が即くべきはどちらだろう。

「芸術家が私たちの前に提示する対象は自然の中の対象よりも完成されています。しかしその完全性は本来対象そのものに内在している完全性なのです。対象が自分自身を超えていくことの中に、しかも対象の中に秘められているものだけを土台にして、美が存在するのです。ですから、美は非自然なのではありません。」(シュタイナー)

 だから対象には最大限の敬意を払う。対象の持つ完全な美を徹底して引き出す。本当の芸術家は対象を軽んじたり貶めるようなことを絶対にしない。「対象を見 てやっている」というような、対象よりも自分を高い位置に置く錯覚をしない。対象の美を完全に引き出しているか、芸術家は極限まで責任を負う。

(2013.5.15)

This entry was posted in Essay. Bookmark the permalink.